以来私は、或る夏の日にプランタンで偶然先生と落ち合ひ、珍しくも二三時間打ちくつろいで雑談をしたことがあるけれども、それが先生と膝を交へてゆつくり話を伺つた唯一の機会であつたと云つていゝ。
その後は「近代情痴集」の序文をお願ひする時に一度築地のお宅を訪ね、帝劇で「お国と五平」上演の前後、舞台稽古や合評会で二三度お目にかゝつたに過ぎない。
そして近年、と云ふのは此の二三年来、漸く先生を想ふの情の切なるものがあり、とき/″\自著や手紙などを差し上げて、先生からもその都度こまやかな消息を戴くやうになつたが、生憎今は関西に住んでゐるので、親しく謦咳に接して往時を追懐する時は容易に恵まれないのである。