その頃流行つた「角刈り」と云ふのに近い刈り方で、うしろの方をより短く、前方を長目に刈つた頭の鉢は、後頭部がやゝ一直線に切つ立つてゐたが、小さく固く引き締まつて、その面長の顔とよき釣り合ひを保つてゐた。
私は今、かう書いて来て俄かに思ひ出したのであるが、氏と一室に膝を交へて語つたのはその時が初めであるけれども、実を云ふとその前年、自由劇場が第一回の旗挙げとしてイブセンの「ジヨン・ガブリエル・ボルクマン」を試演した時に有楽座の舞台で挨拶する小山内君を、観客席にゐて眺めたことがあつたのである。
氏は、海水館の時が二十九歳であつたとすると、あの有楽座の舞台で自由劇場創設の趣意を演説した時は、実に二十八歳と云ふ若さであつたのだ。