私は今、かう書いて来て俄かに思ひ出したのであるが、氏と一室に膝を交へて語つたのはその時が初めであるけれども、実を云ふとその前年、自由劇場が第一回の旗挙げとしてイブセンの「ジヨン・ガブリエル・ボルクマン」を試演した時に有楽座の舞台で挨拶する小山内君を、観客席にゐて眺めたことがあつたのである。
氏は、海水館の時が二十九歳であつたとすると、あの有楽座の舞台で自由劇場創設の趣意を演説した時は、実に二十八歳と云ふ若さであつたのだ。
人は各〻の環境、素質、健康、運不運等に依つてその経歴もさま/″\であるが、しかしどんな人間でも、大概一生に一度はその人間に相応した花々しい時期と云ふものがある。