死に至るまで劇壇のために悪戦苦闘した小山内君の経歴は一生に一度花を咲かせたきりである与一とは比較にならないが、思ふに氏の五十年に亙る生涯に於いて、彼が二十八歳の十二月、有楽座の脚光を浴びつゝ満場の観客に呼び掛けた時のやうな花々しい時期は、さう数多くはなかつたであらう。
当時無名の後輩として、単なる一箇の観客として、平場の椅子席に腰掛けてゐた私は、苦難に充ちた氏の将来を予見した訳ではないが、「今夜の小山内君こそは一世一代の男振りだ、こんな時はそんなに度々あるものではないぞ」と感じた。
事実、二十八歳の文学士と云へば、就職難の今日ならば僅かの月給にさへ容易にありつけないのである。