氏は創刊号に「反古」と云ふ短篇を寄稿されたゞけで、それ以後われ/\の雑誌のために自ら筆を執つてくれたことはなかつたけれども、しかしあの忙しい体で兎も角も一篇の創作を寄せてくれたことを思へば、われ/\に対する関心が尋常でなかつたことは明かである。
(われ/\は小山内氏から「反古」を戴いたことを非常に喜んだものであつたが、此の「反古」のために「新思潮」創刊号は発売禁止になつた。
その後「夜の宿」上演の前後に、「『夜の宿』を Produce する準備」と云ふ一文を貰つたが、これは芝浜館の一室でわれ/\が代る/″\氏の口述を筆記したのである)のみならず、氏は多方面に交際があつたから、われ/\は氏に依つて肩身の広い思ひをし、間接に恩恵を受けたことは少くなかつたであらう。