その後「夜の宿」上演の前後に、「『夜の宿』を Produce する準備」と云ふ一文を貰つたが、これは芝浜館の一室でわれ/\が代る/″\氏の口述を筆記したのである)のみならず、氏は多方面に交際があつたから、われ/\は氏に依つて肩身の広い思ひをし、間接に恩恵を受けたことは少くなかつたであらう。
余人は知らないが私一人について云へば、永井先生その他の先輩が蔭ながら引き立てゝ下すつたことは別として、自分が進んで師弟の礼を以て近付いた人は小山内氏一人あるのみである。
自分は物質的には笹沼の援助を得、社会的には小山内氏の援助を得て文壇に出たと云つていゝ。