私の友人は依然として一高時代の法科の同窓生や偕楽園の周囲の人々ばかりであつた。
文壇人の中でも、永井先生のやうな人は此方から敬遠して逃げてしまつたのであるが、さればと云つて、同年輩の作家や批評家連は話題と云へば文学、―――それも当面の流行思想程度のものより何もなく、甚だ眼界が狭いやうな気がしたので、私はそんな小児病的雰囲気からは寧ろ遠ざかるやうに努めた。
私には、時評月評文壇風聞録等のものが掲載される雑誌や新聞は禁物であつた。
私の友人は依然として一高時代の法科の同窓生や偕楽園の周囲の人々ばかりであつた。
文壇人の中でも、永井先生のやうな人は此方から敬遠して逃げてしまつたのであるが、さればと云つて、同年輩の作家や批評家連は話題と云へば文学、―――それも当面の流行思想程度のものより何もなく、甚だ眼界が狭いやうな気がしたので、私はそんな小児病的雰囲気からは寧ろ遠ざかるやうに努めた。
私には、時評月評文壇風聞録等のものが掲載される雑誌や新聞は禁物であつた。