私にしてみれば昔から「先生」と呼んでゐた人を今更「氏」扱ひにするのは変であつたが、氏にしてみれば、私がいつの間にか書生臭味を脱却し、二重廻しに山高帽と云ふいでたちで「先生」などゝ呼びかけるのが、気障に聞えたのであらう。
それに私は、隠れ遊びは嫌ひでなかつたが、大勢で遊廓へ繰り込むと云ふやうな趣味を好まなかつたので、後にはさう云ふ附き合ひをなるべく避けるやうにしたのが、生意気だと思はれた一つの原因でもあるだらう。
何にしても氏の私に対する反感は、相当長い間続いた。
私にしてみれば昔から「先生」と呼んでゐた人を今更「氏」扱ひにするのは変であつたが、氏にしてみれば、私がいつの間にか書生臭味を脱却し、二重廻しに山高帽と云ふいでたちで「先生」などゝ呼びかけるのが、気障に聞えたのであらう。
それに私は、隠れ遊びは嫌ひでなかつたが、大勢で遊廓へ繰り込むと云ふやうな趣味を好まなかつたので、後にはさう云ふ附き合ひをなるべく避けるやうにしたのが、生意気だと思はれた一つの原因でもあるだらう。
何にしても氏の私に対する反感は、相当長い間続いた。