それかあらぬか自由劇場は第三回の試演以後新進作家の戯曲を上演するやうになつて、長田君の「歓楽の鬼」、萱野君の「鉄輪」、吉井君の「河内屋与兵衛」、及び西鶴の世之介を扱つた何とか云ふ戯曲、秋田君の「槍の権三の死」、同「第一の暁」(?
等の作品が次々に有楽座の舞台に上つたが、私の作品は不幸にしてその選に洩れた。
尤も私は劇壇に野心もなく、又さう多くの戯曲を書いてもゐなかつたから、「選に洩れた」と云ふ意識はなかつたが、「鉄輪」が上演された時に左團次が私の「信西」を推挙し、小山内氏の反対に依つてそれが中止になつたと云ふことを聞いた時は、正直のところ、多少淋しい気がしないでもなかつた。