此の時は私は居合はせなかつたが、満座の中で氏が吉井の戯曲の悪口を云ひ出して、それも遠廻しにチクリチクリと搦んで来るので、「そんなことを云つたつておめへには書けめえ」と、吉井が憤然としてタンカを切つた。
すると小山内氏は顔色一変、眼に一杯涙を溜めてスゴスゴと会場を出て行かれたと云ふ。
此の喧嘩なども吉井に対する氏の嫉妬が多分に原因してゐるので、氏は舞台監督としては第一人者であり、他人の作品のリアレンヂメントは得意であつたが、創作脚本の出来栄えは余り芳しくなかつたものだから、新進戯曲家としての吉井の声名が癪に触つたのに違ひない。