つまり私はその不良少年文学のお先棒を承つた訳なので、「あくび」と云ふ小説は別にそんなつもりで書いたのではなかつたが、いかにもその標本のやうに出来上つてゐる。
で、京都へ行きたいと云ふことも、多分私にその意向があることを松内さんが聞き込んで、「それなら旅費は出してやるから何か私の方へ書いたらよからう」と、半ば好意的に提案されたのだと記憶してゐる。
明治四十五年と云へばその七月に明治大帝が崩御された年で、もう今日から二十年前だ。
つまり私はその不良少年文学のお先棒を承つた訳なので、「あくび」と云ふ小説は別にそんなつもりで書いたのではなかつたが、いかにもその標本のやうに出来上つてゐる。
で、京都へ行きたいと云ふことも、多分私にその意向があることを松内さんが聞き込んで、「それなら旅費は出してやるから何か私の方へ書いたらよからう」と、半ば好意的に提案されたのだと記憶してゐる。
明治四十五年と云へばその七月に明治大帝が崩御された年で、もう今日から二十年前だ。