何しろ三本木と云へば昔山陽の山紫水明処があつた所で、当時は殆ど京都の郊外に近かつたので、下木屋町の私の宿から俥で行くのに随分乗りでがあつたものだつた。
幹彦君のゐた座敷からは、加茂川を隔てゝ東山の三十六峰を窓外に眺めることが出来、朝な/\川原に千鳥の啼く声が聞けると云ふ場所柄で、恐らくあの辺の都雅な情趣は山陽の住んでゐた頃とさう違つてはゐなかつたであらう。
だが幹彦君も私も飲みたい遊びたい盛りの時代で、そんな景色に感心してゐる風流気などは持ち合はせなかつた。
何しろ三本木と云へば昔山陽の山紫水明処があつた所で、当時は殆ど京都の郊外に近かつたので、下木屋町の私の宿から俥で行くのに随分乗りでがあつたものだつた。
幹彦君のゐた座敷からは、加茂川を隔てゝ東山の三十六峰を窓外に眺めることが出来、朝な/\川原に千鳥の啼く声が聞けると云ふ場所柄で、恐らくあの辺の都雅な情趣は山陽の住んでゐた頃とさう違つてはゐなかつたであらう。
だが幹彦君も私も飲みたい遊びたい盛りの時代で、そんな景色に感心してゐる風流気などは持ち合はせなかつた。