或る時私はその料理屋で幹彦君と酒を飲んだら、お酌に出て来たその家の娘らしい女が非常なる文学少女で、頭は島田に結つてゐながら突拍子もない尖端的なことを云ふのでびつくりさせられたことがあつたが、その料理屋もどの辺にあつたのやらもう今日では見当も付かない。
ま、そんなやうな訳で、鳥屋の菊水なども植ゑ込みの奥の池の汀に離れ座敷が建つてゐたりして、ちよつと向島の入金のやうな感じだつた。
「日記」を見ると、それから私たちは富永町の「長谷仲」と云ふ家へ行つたとある。
或る時私はその料理屋で幹彦君と酒を飲んだら、お酌に出て来たその家の娘らしい女が非常なる文学少女で、頭は島田に結つてゐながら突拍子もない尖端的なことを云ふのでびつくりさせられたことがあつたが、その料理屋もどの辺にあつたのやらもう今日では見当も付かない。
ま、そんなやうな訳で、鳥屋の菊水なども植ゑ込みの奥の池の汀に離れ座敷が建つてゐたりして、ちよつと向島の入金のやうな感じだつた。
「日記」を見ると、それから私たちは富永町の「長谷仲」と云ふ家へ行つたとある。