その日岸本さんは、私がまだ大阪を見たことがないと云ふと、ではいゝ宿を見付けて置くから是非やつて来給へと云ふやうな話があつて、それから数日の後、私は始めて大阪へ出かけた。
岸本さんの指定された宿と云ふのは、名前は忘れてしまつたが南区笠屋町の路次の奥にあつて、今から考へてみるのに、どうも松竹の白井さんの住宅のあるあたり、あの辺に違ひないのだが、太左衛門橋や戎橋に近い島の内の最も粋な所にあつて、旅館で待合を兼ねたやうな木屋町式の家であつた。
なんでも幹彦君は都合があつて一日後から来ることになり、私ひとり梅田からその教へられた宿へ行つてみると、すぐ文楽座の方へ来てくれと云ふので、其処から又あの御霊さんの中にあつた元の文楽座へ俥を飛ばした。