私は既に敏先生の声名を聞くこと久しく、学生時代に愛読した「詩聖ダンテ」などに依つてその博学を想望してゐたので、もつとハイカラな、同時にもつと年を取つた、写真に見る西洋のプロフエツサーのやうな風采を描いてゐたのであつたが、その濃い口辺の髯を除けば、先生の様子にはあまり学者臭いところや文人臭いところはなかつた。
寧ろ下町の大店の主人、商人風の好紳士、と云つたやうに見受けた。
嘗て先生は巴里の劇場に於て始めて永井荷風氏と相識つた時の印象を語り、「これこそ真の近代人であると思つた」と云つてをられたのを読んだことがあるが、成る程先生には荷風氏のやうな病的な弱々しさ、不健康な感じがない。