それに、思ふに東京育ちの先生は都会人の嗜みを重んじて、学者風や文人風に見えることを嫌はれたのであらう。
蓋しさう云ふ点は私と一脈相通ずる所があるのだが、私の下町趣味なるものは実は甚だ喰はせ物なので、私は表面若旦那然たるなりをしてゐても一と皮剥げば衒気満腹、蛮骨稜々、鼻持のならない野心や情慾が悪臭紛々と漲つてゐる不良青年であつたから、先生のやうな温雅な尊者の前へ出ると、何だか尻の辺がムヅムヅして来るのであつた。
で、座談の上手な先生は三人を客間へ請じ入れて頗る上機嫌に四方山の話をして下すつたが、お相手をしたのは主に東野君であつて、幹彦君と私とは成るべくボロを出さないやうに固くなつて拝聴してゐた。