先生は爽快なる東京弁を以て上方の人情風俗を語られ、奇警な観察と上品な諧謔とを連発されたが、それでもわれ/\はたゞニヤニヤと愛想笑ひを洩らすばかりであつたから、先生の方では定めし張合ひがなかつたであらう。
私は、折角先生がわれ/\に会ひたがつてをられたとすると、かうしてお目にかゝつた以上何か自分達の心得になるやうな御意見を伺つてみるべきであると、さうは思つてみたものゝ、「かね/″\先生をお慕ひ申してをりました」と云ふ心持さへ云ひ表はす術を知らなかつた。
今考へてもヒヤリとするのは、当時「スバル」の編輯をしてゐた江南文三君が或る号の編輯記事に「今月は蓮の実を食ひ過ぎて物忘れをした」と書いてゐたのを指摘されて、「私はあれを読んで、江南君は英文学者だ、エライことを云ふと思つたよ」と、さう云ひながらジロリと私たちを横眼で見られた。