尚、一層皮肉な観察をすれば、先生は東京生れの二青年作家に、その同じ都会育ちの文人の大先輩として、単に藝術上の見識のみならず、衣裳持ち物言語動作の嗜みから礼儀作法の末に至るまで、自ら範を示してやらう、「都雅な文人と云ふ者はかうすべきものだ」と云ふところを見せてやらう、と云ふやうな衒気を持つてをられたかも知れない。
(実際、当時の先生はさう云ふ衒気がありさうな程若々しく見えた)
春雨のしよぼしよぼと降りしきる日の夕方、上田先生から招待されて、私は長田君と一緒に、南禅寺境内の瓢亭へ俥を走らせた。
尚、一層皮肉な観察をすれば、先生は東京生れの二青年作家に、その同じ都会育ちの文人の大先輩として、単に藝術上の見識のみならず、衣裳持ち物言語動作の嗜みから礼儀作法の末に至るまで、自ら範を示してやらう、「都雅な文人と云ふ者はかうすべきものだ」と云ふところを見せてやらう、と云ふやうな衒気を持つてをられたかも知れない。
(実際、当時の先生はさう云ふ衒気がありさうな程若々しく見えた)
春雨のしよぼしよぼと降りしきる日の夕方、上田先生から招待されて、私は長田君と一緒に、南禅寺境内の瓢亭へ俥を走らせた。