と、「日記」にはかうあるが、「心置きなく頂戴」したかどうかは怪しい。
幹彦君も私も当時は斗酒なほ辞せずの時代で、いくら飲んでも従容として膝を崩さないのを誇りとしてゐた頃であるから、酒は存分に戴いたけれども、引き締めるところはきつと引き締めて、その日も矢張謹んで拝聴してゐるばかりであつた。
前の時は東野さんがゐてくれたからまだよかつたが、此の日は全く三人きりで、而も場馴れない座敷の客になつたのだから、尚更ギゴチなかつたのである。
と、「日記」にはかうあるが、「心置きなく頂戴」したかどうかは怪しい。
幹彦君も私も当時は斗酒なほ辞せずの時代で、いくら飲んでも従容として膝を崩さないのを誇りとしてゐた頃であるから、酒は存分に戴いたけれども、引き締めるところはきつと引き締めて、その日も矢張謹んで拝聴してゐるばかりであつた。
前の時は東野さんがゐてくれたからまだよかつたが、此の日は全く三人きりで、而も場馴れない座敷の客になつたのだから、尚更ギゴチなかつたのである。