そしてしまひには至る所に借金が出来、這ふ/\の体で東京へ逃げ帰つたものだが、その際にも御礼状一つ差し上げなかつたのは、差し上げるのを忘れたのではなく、今更手紙の書きやうもなかつたからだつた。
此のわれ/\の不作法極まる仕打ちには、いかに温厚の長者たる先生も呆れ返られ、不快を感ぜられたであらう、われ/\を当て付けられたのかどうか知れないが、「此の頃の若い連中は遊ぶのにも背水の陣を敷くから偉いよ」と、さる人にさう云つてをられたと云ふ。
今にして思ふに、此の時の先生はわれ/\の無礼を単なるずべらの所為と解されず、既に後進が先生を問題にしなくなつたと云ふ風に取られ、多少時代に取り残されたやうな淋しさを抱かれはしなかつたであらうか。