其の頃は体が今程肥満して居ず、見すぼらしい程痩せ乾涸びて目方も十一二貫しかなかつた代りに、脚だけは非常に達者なものであつた。
何でも十六の歳に、薩摩下駄を穿いて、一日に横浜を往復した事があつた。
鎌倉などは二た月もかゝつて、毎日々々長谷の親類の別荘から弁当を腰にぶら下げ、真夏の炎天を物ともせず調査に出かけて残る隈なく跋渉し尽した。
其の頃は体が今程肥満して居ず、見すぼらしい程痩せ乾涸びて目方も十一二貫しかなかつた代りに、脚だけは非常に達者なものであつた。
何でも十六の歳に、薩摩下駄を穿いて、一日に横浜を往復した事があつた。
鎌倉などは二た月もかゝつて、毎日々々長谷の親類の別荘から弁当を腰にぶら下げ、真夏の炎天を物ともせず調査に出かけて残る隈なく跋渉し尽した。