樗牛が得意で物を書いてゐた時代に、漱石先生は田舎廻りの英語教師か何かをしながら、「高山の林公が何を云つてやがるんだい」と空嘯いてゐたと云ふが、漱石先生などの眼からは、樗牛の空威張りが嘸や馬鹿げて見えたであらう。
そのくせ、あれで案外俗才があり、世渡りが巧かつたやうな所もあるので、尚イヤになる)―――兎に角、あの時代は安価なる感傷主義の跋扈した時代であつて、あれを一掃してくれたのは、何と云つても自然主義の功績であつた。
されば、中学時代には近松の心中物などを耽読したわれ/\も、いつか欧米のデケーデンスの文学に親しむやうになり、感傷主義を受け入れるやうな甘さは持つてゐなかつた。