されば、中学時代には近松の心中物などを耽読したわれ/\も、いつか欧米のデケーデンスの文学に親しむやうになり、感傷主義を受け入れるやうな甘さは持つてゐなかつた。
「恋か、死か、然らざれば狂か」などゝ樗牛は絶叫したものだが、われ/\の時代になると、死や狂を謳歌するよりも、寧ろ恐れた。
ポーやボードレエルのものは云ふ迄もないが、ストリンドベルグの「債鬼」や「インフエルノ」、ゴルキーの「ふさぎの虫」、アンドレエフの「霧」や「血笑記」、―――あゝ云ふものを読んだ時の不安と恐怖とはわれ/\の神経に深く作用して、情操を打ち砕き、官能を押し歪め、時には、若い身空で恋愛の刺戟にさへも堪へられないやうにした。