小説「悪魔」の主人公の佐伯と云ふ男は真夏の路面から反射する日の光りに堪へかねて、覚えず両手で顔を蔽ふのであるが、あれは私自身の体験で、佐伯の神経衰弱は即ち私のものであつた。
けれども、私のインフエルノ時代、―――今云ふやうな神経病に悩まされた時代は、まだ文壇に進出する以前、大学の二三年頃のことで、(その頃神経衰弱を直すために、常陸の国助川にある偕楽園別荘に転地したことは前に記した通りである)それから四五年の後京都へ旅立つ時分には殆ど快癒してゐたのであつた。
その證拠には、長の道中を汽車に乗つて来たけれども、私は何の不安にも襲はれずに、無事に京都へ着いたのである。