けれども、私のインフエルノ時代、―――今云ふやうな神経病に悩まされた時代は、まだ文壇に進出する以前、大学の二三年頃のことで、(その頃神経衰弱を直すために、常陸の国助川にある偕楽園別荘に転地したことは前に記した通りである)それから四五年の後京都へ旅立つ時分には殆ど快癒してゐたのであつた。
その證拠には、長の道中を汽車に乗つて来たけれども、私は何の不安にも襲はれずに、無事に京都へ着いたのである。
尤もさう云へば、汽車に乗るについては往年の恐怖の記憶があつたので、いくらか用心する気になつて、当時は既に急行車が出来てゐたにも拘はらず、恐くなつたら何処でゞも降りられるやうに普通車を選び、名古屋で一と晩泊つたりして、警戒しながら来たのであつたが、案ずる程のこともなく、完全に愉快な旅を続けた。