幹彦君は感心なことに中央公論へ創作を一篇(「母の手」?
送つたもんだが、私は長の滞在中、「日記」を新聞へ十四五回書いたゞけで、それも前後三月の間に休み/\載せたのである。
だからしまひには小遣ひ銭にも困つて来て、金を持たずに遊びに行けるお茶屋より外には、行く所がないやうになつた。
幹彦君は感心なことに中央公論へ創作を一篇(「母の手」?
送つたもんだが、私は長の滞在中、「日記」を新聞へ十四五回書いたゞけで、それも前後三月の間に休み/\載せたのである。
だからしまひには小遣ひ銭にも困つて来て、金を持たずに遊びに行けるお茶屋より外には、行く所がないやうになつた。