私は此方へ来る時に、馴染みの藝者に見立てゝ貰つて白木屋で絹セルの袷を新調し、それに好貴織の羽織、牡丹くづしの繻珍の帯、偕楽園から貰つた長襦袢、と云ふいでたちで乗り込んだものだが、一つ着物を着殺す迄着てゐた時代で、着換へと云つては大島の羽織か何かゞ一枚あつたくらゐなもの、それで四月以来打つ通したんだから、酒のシミや油のシミで羽織も着物もベトベトになり、長襦袢なんぞは素肌へ着るので、裏が真つ黒になつて裾がぼろ/\に切れてしまつた。
ところへ持つて来て、床屋へ行くのが恐いもんだから、髪がぼう/\と伸びて、いつも揉み上げがびつしより汗で濡れてゐる。
その恰好でづう/\しく茶屋へ出かけて行くので、我ながら大した度胸であつたが、江戸つ児の兄哥で通して来た私も此れには内心参つてしまつた。