東京で上方流の単衣羽織を着るやうになつたのは震災以後のやうに思はれる)此の点では幹彦君も私とあまり変りがなく、垢光りに光つた袷を着てゐたので、私は同君のみすぼらしさを見るにつけても、自分も此れと同じだと思つて、ひとしほ憂鬱になるのであつた。
が、そんなになりながら京都にぐづ/\してゐたと云ふのは、旅費がなかつたからばかりではない、汽車に乗るのが又恐くなつてゐたのである。
私は或る時岡本さん兄弟や幹彦君と汽車で嵯峨へ行く途中、始めてあの病気の再発を自覚した。
東京で上方流の単衣羽織を着るやうになつたのは震災以後のやうに思はれる)此の点では幹彦君も私とあまり変りがなく、垢光りに光つた袷を着てゐたので、私は同君のみすぼらしさを見るにつけても、自分も此れと同じだと思つて、ひとしほ憂鬱になるのであつた。
が、そんなになりながら京都にぐづ/\してゐたと云ふのは、旅費がなかつたからばかりではない、汽車に乗るのが又恐くなつてゐたのである。
私は或る時岡本さん兄弟や幹彦君と汽車で嵯峨へ行く途中、始めてあの病気の再発を自覚した。