それから或る時、阪神電車で大阪から御影へ行く途中に発作を感じて、同行の友人に「気分が悪い」と云つて別れてしまひ、直ぐ次の駅で一二時間休んでから、少しづゝ乗り継いで大阪へ帰つた。
そして大阪から京都へ戻るにも、汽車でなく電車にした。
幹彦君はお医者さんの子だけに分りが早く、「それはアイゼンバーンクランクハイト(鉄道病)と云ふ奴だらう」と云つてくれたが、蓋し私のは汽車に酔ふとか、汽車そのものが恐いのではなく、汽車に乗つてゐる間に衆人環視の室内で死の恐怖感が襲ふのであるから、普通の所謂鉄道病とは多少違つてゐるかも知れない。