そして大阪から京都へ戻るにも、汽車でなく電車にした。
幹彦君はお医者さんの子だけに分りが早く、「それはアイゼンバーンクランクハイト(鉄道病)と云ふ奴だらう」と云つてくれたが、蓋し私のは汽車に酔ふとか、汽車そのものが恐いのではなく、汽車に乗つてゐる間に衆人環視の室内で死の恐怖感が襲ふのであるから、普通の所謂鉄道病とは多少違つてゐるかも知れない。
兎に角、京阪阪神の短距離の間でさへそんな風になるのであるから、東京へ帰ることなんぞは当分思ひも寄らなかつた。
そして大阪から京都へ戻るにも、汽車でなく電車にした。
幹彦君はお医者さんの子だけに分りが早く、「それはアイゼンバーンクランクハイト(鉄道病)と云ふ奴だらう」と云つてくれたが、蓋し私のは汽車に酔ふとか、汽車そのものが恐いのではなく、汽車に乗つてゐる間に衆人環視の室内で死の恐怖感が襲ふのであるから、普通の所謂鉄道病とは多少違つてゐるかも知れない。
兎に角、京阪阪神の短距離の間でさへそんな風になるのであるから、東京へ帰ることなんぞは当分思ひも寄らなかつた。