私なぞは助手を使つて「卍」を書いたのが大分稽古になつたけれども、未だに込み入つたことは云へない)今から思ふと実に滑稽千万であるが、何分もう神経が余程変になつてゐたので、さう云ふ愚にもつかないことが一々気分に影響して、ぞうツと顔色が変つて来ると云ふ始末であつた。
だから最初は仲よくしてゐた幹彦君とも、しまひには疎隔するやうになつた。
幹彦君の方では、何の理由で私があゝもヒネクレ出したのか分らないので、手に負へなかつたことであらうが、分らないのも尤もである、理由のないことに向ツ腹を立てゝゐたのだから。