これが神経病でなく、誰にでも分る肉体の病気なら立派に云ひ訳が立つんだが、しかし命には換へられない、徴兵忌避で罰せられても帰京を延期しようか知らん、後でよく分るやうに理由を述べたら、或は諒解して貰へるであらう、―――と、私はさうも思つたことだつた。
私は又窮余の一策として何処か京阪の附近で検査を受けようと云ふ案を思ひ付き、大阪の或る会社に勤めてゐる友人を煩はして方々へ問ひ合はせて貰つて、兵庫県の今津へ寄留することに話を決めて貰つたりしたが、これも最後の受け附けの日に僅かな時間の遅刻で手続きが取れなかつた。
たしか、書類は疾うに東京から着いてゐたので、毎日今津へ行かうとしては京阪電車の停車場までは出かけるけれども、電車を見ると勇気が沮喪してスゴスゴ戻つて来る。