これもやつぱり京都へ帰る道中が恐かつたからである。
私は此の滞在中のことをいろ/\と断片的に思ひ出すのであるが、あの時分の大阪は堺筋の一部分が取り拡げられてゐたゞけで、船場島の内の商店街は皆道幅が狭く、夏になると往来の向う側から此方側へ白い布の日覆ひを渡す、つまり往来にテント張りの天井が出来る、あれは全然東京の町にはない光景で、大阪の如き暑い土地ではあゝして路面へ蔭を作る必要があるのだらうが、見た眼にはその日覆ひがキラキラ眩しく反射するので一層暑い感じがした。
橋の上から見下ろすと、東京と違つて規則正しい直線を成してゐる町通りが、北から南へ果てしもなく続く限り日覆ひも亦遥かに/\つながつて、遠くの方までビイドロのやうに光つてゐる。