私は大江橋の北詰めを一二丁東へ行つた河岸縁の、今はなくなつた何とか云ふ旅館の二階座敷に寝床を敷いて、さも大層な病人らしく一日ぢゆう安静にしながら、毎日恨めしさうに大川の水を眺めては暮らした。
まだ市庁舎も公会堂もホテルも建つてゐなかつた対岸の中之島に、ひよろ/\と貧弱なポプラが植わつてゐて、埃で汚れたその葉の間から豊太閤の銅像が見えたりした。
空しくかうして日を送るよりもいつそ医者に見て貰つた方がと、さう思つたりするのだけれども、実は医者が禁物なのであつた。
私は大江橋の北詰めを一二丁東へ行つた河岸縁の、今はなくなつた何とか云ふ旅館の二階座敷に寝床を敷いて、さも大層な病人らしく一日ぢゆう安静にしながら、毎日恨めしさうに大川の水を眺めては暮らした。
まだ市庁舎も公会堂もホテルも建つてゐなかつた対岸の中之島に、ひよろ/\と貧弱なポプラが植わつてゐて、埃で汚れたその葉の間から豊太閤の銅像が見えたりした。
空しくかうして日を送るよりもいつそ医者に見て貰つた方がと、さう思つたりするのだけれども、実は医者が禁物なのであつた。