土佐堀川だか江戸堀川だか、もう一つ南の堀割だつたか、とある橋の上へ来ると、河岸縁の家の二階座敷が見えて、妙なことには、島村抱月さんらしい人の顔が欄干の向うから川を眺めてゐた。
オヤ、あの家は宿屋だな、抱月さんが彼処に泊つてゐるんだとすると、須磨子なんぞも一緒だらうなと、私はそんなことを思つた。
さう云へば文藝協会が北浜の帝国座へ「マグダ」を持つて来てゐたので、或る晩中井浩水君に連れられて見物に行き、始めて坪内先生にお目に懸つたのがその前後のことだつたから、あれは本当の抱月さんだつたのであらう。
土佐堀川だか江戸堀川だか、もう一つ南の堀割だつたか、とある橋の上へ来ると、河岸縁の家の二階座敷が見えて、妙なことには、島村抱月さんらしい人の顔が欄干の向うから川を眺めてゐた。
オヤ、あの家は宿屋だな、抱月さんが彼処に泊つてゐるんだとすると、須磨子なんぞも一緒だらうなと、私はそんなことを思つた。
さう云へば文藝協会が北浜の帝国座へ「マグダ」を持つて来てゐたので、或る晩中井浩水君に連れられて見物に行き、始めて坪内先生にお目に懸つたのがその前後のことだつたから、あれは本当の抱月さんだつたのであらう。