私は郷関を捨てゝより十年、今や摂陽の山河を第二の故郷と頼み、やがては浪華を墳墓の地と定めたい念願が切であるが、わが回想に浮かぶ若き日の大阪がいかになつかしいことぞ。
鴨西、鴨東の蘭燈の影、嵯峨嵐山の晩春の行楽、宇治川堤の桜若葉等、京洛附近にも思ひ出の種は数々あるが、分けても大阪は現在の私に縁故が深くなつたせゐか道頓堀川の水を見ても転た懐旧の情に堪へない。
あの時の旅行は京都を根拠地にして、大阪に滞在したのは前後廿日程に過ぎなかつたのに、年々花たちばなの薫る季節になれば、不思議にも京都のことよりは多く大阪のことの方が記憶によみがへつて来る。