福子は庄造と従兄弟同士で、嫁に来た事情が事情だから、姑には気がねが要らなかったし、来た明くる日から我が儘一杯に振舞っていたけれど、まさか亭主が庖丁を持つのを見ている訳に行かないから、結局自分がその二杯酢を拵えて、いやいやながら一緒にたべることになってしまう。
おまけにそれが、もう此処のところ五六日も続いているのであるが、二三日前にふと気が付いたことと云うのは、女房の不平を犯してまでも食膳に上せる程のものを、庄造は自分で食べることか、リリーにばかり与えている。
それでだんだん考えて見たら、成る程あの鰺は姿が小さくて、骨が柔かで、身をむしってやる面倒がなくて、値段のわりに数がある、それに冷めたい料理であるから、毎晩あんな風にして猫に食わせるには最も適している訳で、つまり庄造が好きだと云うのは、猫が好きだと云うことなのである。