うちの嫁は何処と云って悪いところはないようなものの、何だか親身に世話をして貰う気になれない、それと云うのが、心から年寄を労わってやろうと云う優しい情愛がないからなのだと、母親はよくそう云ったが、つまり嫁も姑も、孰方もしっかり者だったのが不和の原因になったのである。
それでも一年半ばかりの間は、表面だけは無事に治まっていたのだったが、その時分から母親のおりんは嫁が面白くないと云って、始終今津の兄の所、庄造には伯父に当る中島の家へ泊まりに行って、二日も三日も帰って来ないようになった。
あまり逗留が長いので、品子が様子を見に行くと、お前は帰って庄造を迎いに寄越せと云う。