この伯父と云うのは菓子の製造販売をしていて、今津の町に小さな工場を持っていたばかりでなく、国道沿線に五六軒の家作を建てたりして裕福に暮らしていたのだったが、福子のことでは大分今迄に手を焼いていた。
母親が早く亡くなったせいもあるのだろうが、女学校を二年の途中で止めさせられたか、勝手に止めてしまったかしてから、さっぱり尻が落ち着かない。
家出をしたことも二度ぐらいあって、神戸の新聞に素ッ葉抜かれたりしたものだから、縁付けようと思っても中々貰い手がなかったし、自分も窮屈な家庭などへは行きたくない。
この伯父と云うのは菓子の製造販売をしていて、今津の町に小さな工場を持っていたばかりでなく、国道沿線に五六軒の家作を建てたりして裕福に暮らしていたのだったが、福子のことでは大分今迄に手を焼いていた。
母親が早く亡くなったせいもあるのだろうが、女学校を二年の途中で止めさせられたか、勝手に止めてしまったかしてから、さっぱり尻が落ち着かない。
家出をしたことも二度ぐらいあって、神戸の新聞に素ッ葉抜かれたりしたものだから、縁付けようと思っても中々貰い手がなかったし、自分も窮屈な家庭などへは行きたくない。