それと云うのは、庄造が例の曲芸に熱中して幾らでも餌を投げてやるので、つい食い過ぎるせいなのであるが、晩飯の後でチャブ台を除けると、その辺に一杯毛が落ちていて、食いかけの魚の頭だの尻尾だのがたくさん散らばっているのである。
品子が嫁に来る迄は、台所の世話や拭き掃除は一切おりんの役だったから、リリーのためには随分泣かされている訳なのだが、今日まで我慢していたのは一つの出来事があったからだった。
と云うのは、たしか五六年前に、無理に庄造を説き付けて、一度この猫を尼ヶ崎の八百屋へ遣ったことがあったが、やがて一と月もした時分に、或る日ヒョッコリ蘆屋の家へ独りで帰って来たのである。