品子が嫁に来る迄は、台所の世話や拭き掃除は一切おりんの役だったから、リリーのためには随分泣かされている訳なのだが、今日まで我慢していたのは一つの出来事があったからだった。
と云うのは、たしか五六年前に、無理に庄造を説き付けて、一度この猫を尼ヶ崎の八百屋へ遣ったことがあったが、やがて一と月もした時分に、或る日ヒョッコリ蘆屋の家へ独りで帰って来たのである。
犬なら不思議はないけれども、猫が前の主人を慕って五六里の道を戻って来るとは、あまりイジラシイ話なので、それ以来庄造の可愛がりようは旧に倍したのみならず、おりんも流石に不憫を感じたのか、或は多少薄気味悪く思ったのか、もうそれからは何も云わないようになった。