唯一の望みは、尼ヶ崎から逃げて帰って来たように、阪急の六甲にある品子の家から逃げて来はせぬかと云うことであった。
実は水害の後の仕事で忙しい塚本が、夜受け取りに来ると云ったのを、朝にして貰ったのも、明るい時に連れて行かれたら道を覚えているであろう、そうしたら逃げて来るのも容易であろうと、そんな心積りがあったからだが、それにつけても思い出されるのは、この前、尼ヶ崎から戻って来たあの朝のことだった。
何でもあれは秋の半ば時分であったが、或る日、ようよう夜が明けたばかりの頃、眠っていた庄造は「ニャア」「ニャア」と云う耳馴れた啼き声に眼を覚ました。