実は水害の後の仕事で忙しい塚本が、夜受け取りに来ると云ったのを、朝にして貰ったのも、明るい時に連れて行かれたら道を覚えているであろう、そうしたら逃げて来るのも容易であろうと、そんな心積りがあったからだが、それにつけても思い出されるのは、この前、尼ヶ崎から戻って来たあの朝のことだった。
何でもあれは秋の半ば時分であったが、或る日、ようよう夜が明けたばかりの頃、眠っていた庄造は「ニャア」「ニャア」と云う耳馴れた啼き声に眼を覚ました。
その時分は独身者の庄造が二階に寝、母親が階下に寝ていたが、朝が早いのでまだ雨戸が締まっているのに、つい近いところで「ニャア」「ニャア」と猫が啼いているのを、夢うつつのうちに聞いていると、どうもリリーの声のように思えて仕方がない。