そればかりでなく、この猫についてはまだこの外にも数々の逸話があって、あの時はあんな顔をした、あんな声を出したと云う記憶が、いろいろの場合に残っているのである。
たとえば庄造は、初めてこの猫を神戸から連れて来た日のことをはっきりと思い出すのであるが、それは最後に奉公をしていた神港軒から暇を貰って蘆屋へ帰った時であるから、彼がちょうど二十歳の年、つまり父親が亡くなった年の、四十九日の頃だった。
その前彼は、三毛猫を一度、それが死んでからは「クロ」と呼んでいた真っ黒な雄猫を、コック場で飼っていたのであるが、そこへ出入の肉屋から、欧洲種の可愛らしいのがいるからと云って、生後三ヶ月ばかりになる雌の仔猫を貰ったのが、リリーだったのである。