全く、それもその筈で、庄造が彼女をリヤカーへ乗せて此処へ連れて来た時は、彼自身がまだ二十歳の青年だったのに、もう来年は三十に手が届くのである。
まして猫の寿命から云えば、十年と云う歳月は、多分人間の五六十年に当るであろう。
それを思えば、もう一と頃の元気がないのも道理であるとは云うものの、カーテンの頂辺へ登って行って綱渡りのような軽業をした仔猫の動作が、つい昨日のことのように眼に残っている庄造は、腰のあたりがゲッソリと痩せて、俯向き加減に首をチョコチョコ振りながら歩く今日この頃のリリーを見ると、諸行無常の理を手近に示された心地がして、云うに云われず悲しくなって来るのであった。