さっきの塚本の話では、乗物に酔うといけないと云う庄造の心づかいから、今朝は朝飯を与えていないのだそうであるから、余程空腹を訴えなければならない筈で、本来ならば皿小鉢の鳴る音を聞いたら忽ち飛んで来るところだのに、今はその音も耳に這入らず、ひもじいことも感じないくらい、此処を逃れたい一念に駆られているのであろうか。
彼女は嘗てこの猫が尼ヶ崎から戻って来た一件を聞かされているので、当分の間は眼が放されないことであろうと、覚悟していたものの、でも食べものを食べてくれて、フンシへ小便を垂れるようになってくれたら大丈夫だと、それを頼みにしていたのだが、来る匇々からこんな調子では、直ぐにも逃げられてしまいそうに思えた。
そして動物を手なずけるには、自分のように性急にしてはいけないのだと知りながら、何とかして食べるところを見届けたさに、無理に窓際から引き離して、部屋のまん中へ抱いて来て、食べものの上へ順々に鼻を押しつけてやると、リリーは脚をバタバタやらして、爪を立てたり引っ掻いたりするので、仕方がなしに放してしまうと、又窓際へ戻って行って、小裂箱の上へ登る。