それだのにあの恩知らずの親子が、慾に眼がくれてああ云う者を引ずり込んで、牛を馬に乗り換えた気でいるけれども、まあ見ているがいい、あの女にあの家の切り盛りが出来るかどうか、持参金附きは結構だけれど、なまじそんなものがあったら、一層嫁の気随気儘が募るであろうし、庄造もそれをアテにして怠けるであろうし、結局親子三人の思わくが皆それぞれに外れて来るところから、争いの種が尽きないであろう。
その時分になって、前の女房の有難みが始めてほんとうに分るのだ。
品子はこんなふしだらではなかった、こう云う時にああもしてくれた、こうもしてくれたと、庄造ばかりでなく、母親までがきっと自分の失策を認めて、後悔するのだ。