兎に角、そんな訳であるから、その折角のリリーに逃げられた時の落胆と、思いがけなくそれが戻って来た時の喜びとがどんなに大きかったとしても、畢竟それは得意の「深謀遠慮」に基づく打算的な感情であって、ほんとうの愛着ではない筈なのだが、あの時以来、一緒に二階で暮らすようになってみると、全く予想もしなかった結果が現われて来たのである。
彼女は夜な夜な、その一匹の日向臭い獣を抱えて同じ寝床の中に臥ながら、どうして猫と云うものはこんなにも可愛らしいのであろう、それだのに又、昔はどうしてこの可愛さが理解出来なかったのであろうと、今では悔恨と自責の念に駆られるのであった。
大方蘆屋時代には、最初に変な反感を抱いてしまったので、この猫の美点が眼に這入らなかったのであろうが、それと云うのも、焼餅があったからなのである。