「そうだっか。
そして塚本は、自分の眼の前に自転車を停めて突っ立っている人間になんか、構っていられないと云わんばかりに、直ぐ下を向いて作業を続けたが、庄造の身になってみれば、いくら忙しいにしたところで、「近頃どうしているか」とか、「リリーのことはあきらめたか」とか、そのくらいな挨拶はしてくれてもよさそうなものだのに、心外な気がしてならなかった。
それと云うのが、福子の前ではリリー恋いしさを一生懸命に押し隠して、リリーの「リ」の字も口に出さないでいるものだから、それだけ千万無量の思いが胸に鬱積している訳で、今図らずも塚本に出遭ってみると、やれやれこの男に少しは切ない心の中を聞いて貰おう、そうしたら幾らか気が晴れるだろうと、すっかり当て込んでいたのであったが、塚本としてもせめて慰めの言葉ぐらい、でなければ無沙汰の詫びぐらい、云わなければならない筈なのである。