ここで遇ったのを幸いに、一と言ぐらい恨みを云ってやりたいけれども、こんなに夢中で働いている者に、今更呑気らしく猫のことなんぞ云い出せもしないし、云い出したところで、あべこべに怒鳴り付けられはしないであろうか。
庄造は、夕日がだんだん鈍くなって行く中で、塚本の手にある畳針ばかりがいつ迄もきらきら光っているのを、見惚れるともなく見惚れながらぼんやり彳んでいるのであったが、ちょうどこのあたりは国道筋でも人家が疎らになっていて、南側の方には食用蛙を飼う池があり、北側の方には、衝突事故で死んだ人々の供養のために、まだ真新しい、大きな石の国道地蔵が立っているばかり。
この病院のうしろの方は田圃つづきで、ずうと向うに阪急沿線の山々が、ついさっきまでは澄み切った空気の底にくっきりと襞を重ねていたのが、もう黄昏の蒼い薄靄に包まれかけているのである。